201308.18

正直が本当に正しいか

Post by yoga beyond

息子の反応がよかったご飯を旦那にだして「イマイチ」の一言。他にフォローの言葉なし。昔から美味しくないのにお世辞で褒めてしまうと同じものが何度も出てしまうから、正直に言うという主義を主張していたので、想定内とはいえ、やはり悲しい。なんだか他の言葉が一切なく、イマイチとだけ言われるって悲しくなるかイラっときます。美味しいとうそはついてほしくないけど、その正直ってどうなんだろうと思ってしまいす。ヨガでも正直でありましょう(サティア)というのは古典にも載っている基本の教えです。ヨガ的には道徳的に良くないからではなく、うそをつくことで自分の心がざわめくからやめましょうと教えています。うそがばれないかなとか、このケースなら、もしお世辞をいってしまったら「あぁ、一度うそをついたせいだ。また出て来ちゃったけど、いつ好きじゃないって言おう。なんでいまさらって言われるかな。」など確かに心が余計な心配をかかえそうです。しかし、自分は正直に言って心乱れずスッキリでも、言われた側が心ざわめきます。思いやりが欲しいですね。美味しくなくても、もっと他の言葉も付け足すとか、黙ってるとか出来ないものでしょうか。「なんなのその言い方!せっかく作ったのに!」と言いたいところを我慢してその場を離れました。以前なら言ってしまったかもしれないので、ヨガのおかげでしょう。キッチンにて、ヨガの教えであてはまることはないかと、このブログの原案を考えながらその悲しい気持ちとイラっをおさめました。せっかく作ったから美味しいと食べて欲しい、言って欲しい。それは行為に対する見返りを求めているということでしょう。見返りをもとめず奉仕するのが無条件の愛情です。無条件の愛情なんて私にはまだまだ高度すぎますが、これも自分の成長のための修行なんでしょう。日々、是、修行。